大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3638号 判決 1997年2月24日
主文
一 本訴原告の請求を棄却する。
二 反訴被告は、反訴原告に対し、金八八九万五九一四円及びこれに対する平成四年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 反訴原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は本訴・反訴を通じて五分し、その三を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決は、反訴原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の請求
一 本訴について
本訴被告は、本訴原告に対し、金三五一万六一一八円及びこれに対する平成三年一月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 反訴について
反訴被告は、反訴原告に対し、金四二四七万九五七〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一1 本訴について
本件は、本訴原告(商品先物取引の受託を業とする商品取引員)が、本訴被告(委託者)との間で受託契約を締結し、金・銀・白金・ゴムの先物取引を継続してきたが、受託契約の終了に伴い金四三九九万五六八八円の売買差損金が発生し、これを本訴原告が立て替え、うち金四〇四七万九五七〇円は本訴被告から預かっていた同額の委託証拠金と相殺したとして、本訴被告に対し、残金三五一万六一一八円と遅延損害金の支払いを求めたのに対し、本訴被告が、本件先物取引における本訴原告側の一連の行為は不法行為を構成するから、本訴請求は信義則に反し許されないとして争った事案である。
2 反訴について
本件は、反訴原告が、本件先物取引における反訴被告側の一連の行為は不法行為に当たり、そのため金四〇四七万九五七〇円(預託金の未返還分。その他弁護士費用二〇〇万円)の損害を被ったとして、反訴被告に同額の損害賠償と遅延損害金を請求したのに対し、反訴被告が不法行為の成立を争った事案である。
二 争いのない事実(本訴・反訴を通じて)
本訴原告(反訴被告。以下「原告」という。)は、主務官庁の許可を受けた、東京工業品取引所・大阪穀物取引所ほか全国七つの商品取引所所属の商品取引員であり、右市場における工業品及び農産物等の商品先物取引の受託等を目的とする会社であり、訴外乙田浩世(以下「乙田」という。)は、原告大阪支店の営業担当者であり、本訴被告(反訴原告。以下「被告」という。)は、昭和六〇年ころ建築請負会社「株式会社乙山ホームサービス」を設立し、その代表取締役に就いた一級建築士であり、本件受託契約当時、満三七歳であった。
被告は、昭和六三年一一月八日、原告との間で、商品取引受託契約を締結し、同月九日から平成三年一月二一日までの間、別紙先物取引経過一覧表記載のとおり、東京工業品取引所の商品市場における金・銀・白金及びゴムの先物取引の委託を行なっていたが、同月二八日、取引の終了に伴い差損金四三九九万五六八八円が発生したため、商品取引所法に基づき、原告が、同日、東京工業品取引所に対し、被告のために右金員を立替払いした。
三 争点(本訴・反訴を通じて)
1 本件受託契約及びこれに基づく先物取引の勧誘などにおいて、次の(一)、(二)の事実が認められるか。
(一) 勧誘行為について
(1) 適合性の原則違反
(2) 危険性の不告知
商品先物取引は、相場の変動が大きく危険かつ予測の困難な投機取引であるから、顧客に先物取引を勧めるに当たっては、危険性などについて十分に説明することが必要不可欠であるところ、乙田は、被告を勧誘するにあたり、これらの説明を十分にしたのかどうか。
(3) 断定的判断の提供
乙田は、昭和六三年一一月ころ、被告に対し、白金の価格が必ず上昇するとの断定的判断を提供したことがあるか。
(二) 注文の取次ぎ行為について
(1) 新規委託者保護規定違反
原告の内規には、新規委託者は、三か月間、原則として、二〇枚を超える取引はできない旨の規定が存在する(争いがない。)。被告の昭和六三年一一月二九日白金一五枚の売建玉は、この内規に反しないか。
(2) 原告の営業担当者が、被告の利益を犠牲にして原告の手数料稼ぎだけを目的とした取引を勧誘したことはないか。
イ 無意味な反復売買はないか。
ロ 売り直し・買い直し(既存建玉を仕切るとともに、同一商品につき同一方向(売り又は買い)の注文をすること)についてはどうか。
(原告が、被告との間で、平成二年一月一六日、金の買建玉五〇枚を仕切り、同日、金の買建玉九〇枚を建て、同年八月二日、ゴムの買建玉一〇〇枚を仕切り、同日、ゴムの買建玉一〇〇枚を建て、平成三年一〇月三〇日、ゴムの売建玉二〇〇枚を仕切り、翌日、ゴムの売建玉一一〇枚を建てる旨の各注文を受託・執行したことは争いがない。)
ハ 途転(どてん。既存建玉を仕切るとともに、同一商品につき反対方向(売り又は買い)の注文をすること)について
(原告は、被告との間で、平成元年三月三〇日、白金の買建玉三〇枚を仕切り、同日、白金の売建玉二〇枚を建て、平成二年一二月二一日、白金の売建玉二〇〇枚を仕切り、同日、白金の買建玉一〇〇枚を建てる旨の各注文を受託・執行したことは争いがない。)
ニ 手数料不抜け(ふぬけ。手数料以下の利益しか捻出できない建玉)はないか。
(原告が、被告との間で、昭和六三年一一月二九日、白金の買建玉を一五枚建て、同月三〇日、右買建玉二〇〇枚を仕切った結果、被告に益金五万二五〇〇円が生じたが、原告の手数料六万九〇〇〇円が発生した。同様に、平成元年三月八日、白金の売建玉を三〇枚建て、同月三〇日、右売建玉三〇枚を仕切った結果、被告に益金一〇万五〇〇〇円が生じたが、金一四万四〇〇〇円の手数料が発生した。また、平成二年一〇月一二日、ゴムの売建玉を二〇〇枚建て、同月三〇日、右買建玉二〇〇枚を仕切った結果、損金と手数料が発生した。以上は争いがない。)
ホ 両建玉(既存建玉に対応する反対建玉を建てること)について
(乙田が、白金及びゴムの各取引につき両建玉を推奨し、その結果、白金については、昭和六三年一一月六日から同月二二日まで、平成元年三月一〇日から同月三〇日まで、平成二年一〇月二二日から同月二九日まで及び同年一一月九日から同月一六日まで、ゴムについても、平成二年九月二一日から同年一〇月四日まで、同月一二日から同年一一月六日まで、同月九日から同月二二日まで及び同年一二月二一日から平成三年一月九日まで、それぞれ両建玉の状態を維持させたことは争いがない。)
ヘ 仕切り拒否
被告が、平成二年七月ころ、本件受託契約の終了を求めたのに、正当な事由なく原告側がこれを拒否した事実があるか。
ト 因果玉の放置について
被告は平成二年七、八月に大量のゴムの買建玉を建てたが、ゴムの価格が平成三年になって下落し続けたから、乙田は、右ゴムの買建玉を手仕舞うよう被告に対し勧告すべきだったのではないか。
2 右(一)、(二)の事実認定に基づき、本件先物取引受託契約は公序良俗に反し無効と評価すべきか。
3 右(一)、(二)の事実認定に基づき、原告側の一連の行為は全体として民法七〇九条の違法性を有し、不法行為に該当するか。
4 不法行為に該当するとして、被告の被った損害額はいくらか。
第三 争点に対する判断
一 争点1(一)について
1 適合性の原則違反について
(一) 電話勧誘は無差別であったか。
商品取引所指示事項において、商品取引員が面識のない不特定多数の者に対し無差別に電話で商品先物取引を勧誘することを禁止しているのは、被勧誘者の日常生活の平穏が害されることを防止するだけでなく、商品先物取引をするのに相応しい資金や投資経験を持たない者が引き込まれるのを防止することも目的としていると解されるから、不法行為の違法性を基礎づける「無差別性」は、このような観点から判断するのが相当である。
<証拠略>によれば、被告は昭和六三年度版のNTT職業別電話帳「タウンページ」に前記「株式会社乙山ホームサービス」の広告を出していたこと、原告の営業担当者(高村)は、右広告を見て、昭和六三年一〇月中旬ころ、電話で最初の勧誘をしていること、原告ではかねてより、高額所得者名簿や帝国データバンク等の資料を参考にして、顧客に先物取引を勧めており、当時、建築請負業は比較的好況な業種であったし、右電話もごく短時間であったことがそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実をよると、高村が被告に対し行なった電話による勧誘行為は、不法行為の違法性を基礎づける無差別なものとまではいえない。
(二) 被告は、本件受託契約の当時、先物取引をするのに相応しい資金や投資経験を有していたか。
<証拠略>によれば、被告は、昭和四九年に大学を卒業し、昭和六〇年ころまで建設会社に勤務した後、建築請負会社「株式会社乙山ホームサービス」を設立し、以来、右会社の代表取締役を勤める一級建築士であること、本件先物取引終了後も、従前どおり、職業別電話帳「タウンページ」に広告を掲載して建築請負業を続けていること、昭和六〇年当時の被告の役員報酬は年間約九〇〇万円であったが、先物取引終了後の平成六年度の役員報酬は年間約一三〇〇万円程度になっていたこと、被告は、会社の事務所とは別に、土地付一戸建住宅を所有していること、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(被告本人は、受託契約の当時、投機資金は約四〇〇万円程度しかなく、先物取引に使った資金(合計六〇九〇万円)の大半は、自己資金ではなく借入金である旨供述するが、これを裏付ける証拠に乏しく、にわかに信用することができない。)
次に、<証拠略>によれば、被告は、従前、先物取引の経験はないものの、株式の現物取引については経験のあることが認められ、この認定に反する被告本人の供述は、前掲証拠に照らして信用することができない。
右認定の、被告には株式の現物取引の経験があり、本件先物取引に投入した自己資金も多額に及んでいること、及び本件先物取引の前後における、被告の事業や役員報酬の推移、資産の保有状況などに照らすと、被告が本件先物取引を行うにつき適合性がなかったということはできない。
2 危険性の説明義務違反について
<証拠略>によれば、被告は、本件取引開始前から、商品先物取引には関心を寄せており、高村が被告方を最初に訪問したころ、既に原告から送付された先物取引の資料に目を通していたこと、乙田は、昭和六三年一一月ころ、被告に対し、取引の基本的仕組みを説明した「商品取引委託のしおり」や、商品先物取引の危険開示告知書と東京工業品取引所受託契約準則の全文が記載された「承諾書」及び取引単位等を説明した「商品取引ガイド」をまとめて交付し、同月八日、被告方を訪問した際も、その場で手書きした書面を示しながら、取引の仕組みを説明したこと、右書面には、ある商品を一グラム二三〇〇円で一〇枚(一枚は五〇〇グラム)買建玉した場合、その価格が一グラム二一六五円に下落すると、その買建玉を維持するために委託追証拠金(追証)として六七万五〇〇〇円入金しなければならず、逆に一グラム二八〇〇円に上昇し、これを反対売買で決済すると、益金二五〇万円が発生するが、手数料は九万八〇〇〇円となり、手数料は益金から控除されることなどが、計算式を使って図解されていること、その説明後に、乙田は被告に対し、「承諾書」記載の「危険開示告知書」の全文を読み上げて内容を説明し、その上で、被告が「『商品取引委託のしおり』の受領について」と題する書面に署名・捺印したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する被告本人の供述は、前掲証拠と対比しとうてい信用することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、商品先物取引の危険性について、乙田に説明義務違反があったということはできない。
3 断定的判断の提供について
被告本人は、乙田から、自動車需要の増加に伴い、自動車の排気ガスの浄化装置に使用される白金の需要も増加しているところ、主要産出国である南アフリカの政情がストライキの頻発により不安定となっており、白金の価格は必ず上がるので、今、白金の買建玉を建てれば必ず儲かると断定的判断の提供を受けた旨供述するが、右供述は、自動車需要の増加や南アフリカの政情不安といった相場要因がいずれも確実なものではないことを、被告自ら認識していたこと、被告が、右白金の取引に当たって、当時の手持資金を全部注ぎ込むことはせず、その半分程度しか投機していないこと(争いがない。)などに照らし、にわかに信用することはできない。
二 争点1(二)について
1 新規委託者保護規定の違反について
原告は、社団法人全国商品取引所連合会の受託業務に関する指針を受けて、内部規則(受託業務管理規則)で、新規委託者の建玉枚数を取引開始の日から三か月(保護期間)は原則として二〇枚以下に制限していること(但し、例外も認めている。)、昭和六三年一一月二九日、被告から白金一五枚の買建玉の注文を受けた結果、被告の建玉枚数が本件取引開始の日から三か月以内に合計三〇枚となったこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、乙田の上司(佐々木)は、乙田とともに、同月下旬ころ被告に面接し、資産・収入、経済知識や相場観を聴取した結果、被告の場合は例外的取扱いにしても差し支えない旨の結論に達したことが認められる。この点、被告本人は、佐々木から面接を受けたことなどないと供述するが、右供述は甚だ曖昧でにわかに信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、被告の建玉枚数が、本件取引開始の日から三か月以内に三〇枚となったところで、そのことで直ちに原告の行為が新規委託者保護規定に違反するということはできない。
2 原告側には、特定売買の受託・執行について、被告の利益を犠牲にし、専ら原告の手数料稼ぎのみを目的とするものはなかったか。
<証拠略>によれば、商品先物市場は株式市場と比較し小規模のため相場要因の影響が大きく、その法的・経済的仕組みも複雑であること、商品先物取引は相場の僅かな変動によって投下資金を遥かに超える大きな損失を生じる虞があり、その危険性は株式の信用取引を上回るものがあること、商品先物市場における損金と益金は各合計額で一致するため、取引の長期継続により最終的に益金を確保できる確率は理論的には非常に低いこと、商品取引員が相場の変動に影響を及ぼす各種情報を入手することは比較的に容易であるが、商品取引員の勧誘を受けて先物取引市場に資金を投機しその利ざやの取得を目的とする顧客は、そのような情報の入手が必ずしも容易ではないこと、更に商品取引員は、相場の変動に関係なく取引の注文さえあれば安定的な手数料収入を取得することができるが、顧客は、相場の変動によって投下資金を超える多額の損失を被ることがあること、などの事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
これらの事実に照らすと、商品取引員やその営業担当者が顧客に対し負担する義務は、単なる受託・執行上のいわゆる善管注意義務に留まらず、顧客の利益に配慮し、顧客に役立つ各種の相場情報を不断に提供し、取引についても顧客に最も有利な方法を助言、指導すべき義務(顧客に対する忠実義務)であるというべきであり、商品取引員やその営業担当者がこの義務に反し、その程度が社会的に是認される程度を越えているときには、顧客に対する不法行為が成立するといわねばならない。
(一) 無意味な反復売買について
<証拠略>によれば、本件先物取引全体について、特定売買(反覆売買、売り直し・買い直し、途転、両建玉など)の比率が五〇パーセントを超え、委託手数料の合計額も損金の約四三パーセントに達していることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、<証拠略>によると、特定売買は、顧客の利益を犠牲にした商品取引員の手数料稼ぎに悪用される虞があることから、農林水産省や通産省では委託者保護の強化のために通達を出し、商品取引員に対し、特定売買の受託状況の報告を義務づけるとともに、顧客ごとに特定売買の比率を二〇パーセント以下、損金に対する委託手数料の比率を一〇パーセント以下とするよう指導していることが認められる。
もとより右通達は、商品取引員の受託業務の適正化を直接の目的とするものであり、商品取引員やその営業担当者と顧客間の個々の受託業務を規制するものではないけれども、その趣旨が、顧客の利益を犠牲にした手数料稼ぎを防止し、もって受託業務の適正化を図ることにある以上、右数値基準が、個々の受託業務が前記の忠実義務に違反しているか否かを検討するに当たって重要な指針となることは否定し難いといわねばならないところ、本件先物取引における特定売買の比率や損金に対する手数料の比率が、いずれも通達の示す数値基準を大幅に超えていて、それらは全く異常ともいうべき状態であることに照らすと、個々の特定売買の受託・執行の内容いかんで、これらが被告の利益を犠牲にした原告の手数料稼ぎにあったということになれば、本件先物取引は、特定売買はもとより、それ以外の売買も含めて、全体として、商品取引員やその営業担当者が顧客に対して負担する前記忠実義務に明らかに反した違法性の強いものと推認せざるをえないのである。
そこで、個々の特定売買の受託・執行について以下検討する。
(二) 売り直し・買い直しについて
売り直し・買い直しは、一端仕切った商品につき再度買建玉又は売建玉をするものであるから、損失の平準化を目的としたいわゆる「難平」とは異なり、特段の事由のない限り、顧客にとって手数料の負担のみが増加する合理性のない取引というべきである。
そうすると、被告から売り直し・買い直しに該当する取引の注文を受けた原告側としては、特段の事由がない限り、顧客に対する忠実義務に基づき、被告に対し、その取引が合理性のないことを説明すべきであるのに、被告の売り直し・買い直しには特段の事由があったとか、その取引に合理性のないことを被告に十分説明したような事実は、本件全証拠によるも認めるに足りない。
(三) 途転について
途転は、一端仕切った商品につき反対の注文である買建玉又は売建玉をするものであるから、相場観の変化など特段の事情がない限り、顧客にとって手数料の負担のみが増加する合理性のない取引というべきである。
そうすると、被告から途転に該当する取引の注文を受けた原告側としては、特段の事情がない限り、顧客に対する忠実義務に基づき、被告に対し、その取引の不合理性を説明すべきであるのに、被告の途転には特段の事情があったとか、取引の不合理性を十分被告に説明したような事実は、本件全証拠によるも認めるに足りない。
(四) 手数料不抜けについて
手数料不抜けは、建玉を反対売買により仕切って益金が出ても、その額がその注文執行の手数料を下回るものであるから、手数料の負担のみが増加する全く合理性を見い出せない取引である。
そうすると、被告から手数料不抜けに該当する取引の注文を受けた原告側としては、特段の事情がない限り、顧客に対する忠実義務に基づき、被告に対し、その取引の不合理性を説明すべきであるのに、被告の手数料不抜けには特段の事情があったとか、取引の不合理性を十分被告に説明したような事実は、本件全証拠によるも認めるに足りない。
(五) 両建玉について
両建玉は、元の建玉に損失が発生している場合、これを行うと、元の建玉の損失が固定されるとともに、新規の反対建玉の手数料の負担がかかるものである。
そのうえ、元の建玉に追証の必要があるのに両建した場合に、最終的な益金を出すには、元の建玉に追証が必要とならない時期に、値洗い益が出ている反対建玉の価格がその相場の天井(買建玉の場合)又は底(売建玉の場合)であることを判断した上でこれを決済する必要があり、このような相場判断は、相場の波が単に上がるか下がるかの通常の相場判断と比較し、かなり困難な予測が求められるものである。
そうすると、元の建玉に損失が生じて追証を支払わなければならない顧客から両建玉の委託を受けた商品取引員としては、前記忠実義務に基づき、顧客に対し、両建玉をして同時にこれを決済すると、元の建玉の損失のほかに反対建玉の手数料も負担しなければならない旨を説明するとともに、両建玉によって最終的な益金を得ることはかなり困難であることを説明する義務があるのに、<証拠略>によると、本件取引における両建玉はいずれも元の建玉に追証の必要が生じたことから建てられたものであるが、原告の営業担当者(乙田)が被告に対し、両建玉によって最終的に益金を取得できる可能性が非常に低いことなどは全く説明していないことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右(一)ないし(五)に認定の各事実を総合すると、原告やその営業担当者は、被告の注文にかかる特定売買の受託・執行においては、専ら原告の手数料稼ぎを目的とし、顧客である被告の利益は全く犠牲にしたものといわざるをえない。
3 仕切り拒否について
被告本人は、平成二年七月ころ、原告に対し本件受託契約の終了を求めたところ、乙田とその上司(佐々木)から仕切りを拒否され、取引の継続を強要された旨供述する。しかし、右供述は弁論の全趣旨に照らしにわかに信用することができないし、他に右仕切り拒否を認めるに足りる証拠はない。
4 因果玉の放置について
(一) 被告が平成二年七月から同年八月にかけて建てた二〇〇枚以上のゴムの買建玉の価格が、平成三年になって下落し続けたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、原告は、本件取引の全期間を通じて、被告に対し、月に一度は「残高照合通知書」や「売買報告書及び売買計算書」などを送付していた事実が認められ、これによると、被告は右ゴムの価格が下落したことを当時認識していたものと推認することができる(この点について、被告本人は、右「残高照合通知書」などには目を通していないと供述するが、この供述は、弁論の全趣旨に照らしとうてい信用することができない)。
(二) そこで、損失が出ている右ゴムの買建玉を早急に手仕舞うように勧告すべき義務を原告やその営業担当者が負担していたか否かについて考えるに、前記認定のとおり、被告は資産・収入・投資経験等の点で先物取引につき適合性を有しており、被告自らゴムの買建玉に大幅な損失が生じていることを認識していた以上、手仕舞いをするかどうかの投機判断は、専ら被告の自己決定に委ねられるべきものであり、原告側が右ゴムの買建玉を手仕舞うよう被告に勧告しなかったところで、そのことで直ちに、民事上違法な行為になるものではない。
3 争点2、3について
本件では、受託契約が有効かどうか、勧誘や取次が不法行為に当たるか否かは、個々の取引だけでなく、取引開始からその終了に至るまでの全過程を観察して全体的に判断すべきところ(第三の二2(一)の項参照)、前記一、二の認定・判断によれば、営業担当者の勧誘行為には特に違法視すべきものはないものの、個々の特定売買の受託・執行は、専ら原告の手数料稼ぎのみを目的にし被告の利益を犠牲にしたものといわざるをえず、これらは社会的に是認される程度を明らかに越えた違法行為であるから、「無意味な反復売買について」の項で説示とおり、本件先物取引における原告やその営業担当者の一連の行為は、特定売買だけでなく、それ以外の売買も含めて、全体として、強度の違法性を帯有するものと認めるのが相当である。
そうすると、本件受託契約は公序良俗に反し無効であり、かつ、本件取引は全体として被告に対する不法行為を構成するというべきである。
四 争点4について
1 本件取引により被告に金四〇四七万九五七〇円の損金が生じたことは当事者間に争いがなく、これが原告側の不法行為により被告の被った損害である。
しかし、前記認定の、被告には先物取引の適合性に欠けるところがあったわけではなく、原告の営業担当者が断定的判断を提供して勧誘した事実も認められないこと、乙田は商品取引法等で義務付けられている説明書の交付に加え、手書きの書面に商品先物取引の仕組みを図解して説明していること、被告は月に一度は取引の結果報告を受けていたこと、本件取引は二年以上も継続し、その間被告は約九〇〇万円の益金を出した時期もあったこと、原告の営業担当者(高村、乙田、佐々木)は、被告に対し、相場情報をある程度は提供し、受託・執行に当たって被告の意向も一応は聴取していること、大損を出したゴムの価格の下落についても当時被告は値下がりを知っていたこと、等の事実に照らすと、本件取引による損失の発生及び拡大については、被告にもかなりの落ち度があったといわざるを得ないから、右の各事実、その他本件に顕れた一切の事情を考慮し、原告が被告に対し賠償すべき額は、前記損害額の二割をもって相当と認める。
2 弁護士費用は、本件事案の難易、請求額、認容額等を考慮し、金八〇万円を本件不法行為と相当因果関係にある損害と認める。
第四 結論
以上の次第で、本訴原告の請求は理由がないから棄却し、反訴原告の請求は、金八八九万五九一四円及びこれに対する平成四年七月一六日(記録上明らかな反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白井博文 裁判官 片山隆夫 裁判官 奈良嘉久)